物語「白いキャンパス」
2004年8月18日 ミニ小説第1部 始まり
深夜、15歳くらいの少年がガレキだらけの道を歩いている。
彼は探していた。
何の役にも立ちそうに無いものはそこら中に転がっているのに、
彼が望むものは見つからない。
探し始めて、何日経ったのだろう。
数日前、少年の家は火事に遭っていた。
風の強い日、一軒の火事が飛び火し、
近辺を焼き尽くしてしまった。
古い木造の家々は数日燃え盛った。
今はその焼け跡さえ片付けられることなく、
道端で人々は暮らしている。
(これからは一人で生きるんだ。でも僕にできることは・・・
絵を描くことだ。たくさん良い絵を描いて、売るんだ・・・)
そんな衝動に駆られ、彼はキャンパス用の板を探している。
「何を探しているの?」
不意に少年と同じ歳くらいで、
顔もどこか似ている少女が話しかけてきた。
「・・・・」
少年は反応しようとしない。
「話したくないの?それとも・・・話せないの?」
少女はいくらか話しかけてみるが、少年からの返事は無い。
「いつもひとりで居るみたいだね。うちに来ない?
辛うじて屋根があるだけで、何も無いけど、こんな時だし、
一緒にご飯食べない?」
「遠慮しとく。」
妙に大人びて少年は反応した。
初めての返事だったが、少女はそれを指摘しなかった。
辺りが紫がかり、
朝が来ようとしていたが、日の出にはまだ時間がある。
二人は次の日暮れに会おうと約束し、そのまま分かれた。
薄明かりの中、少年は眠りにつき、
少女は朝日の方へ去っていった。
第2部 雨
「雨、止まないね。」
少女は少年に話しかける。
”次の夕暮れ”に少年は約束どおりに来たのだ。
二人は雨宿りをしながら、会話をはじめた。
ただ、少女から話しかけ続けるということに、
変わりは無かった。
しかし、変化が起きた。
「君には、家族はいるの?」
少年が話しかけた。
「・・・火事で死んだわ。」
「ぼくと同じなんだね。こんなことしていて、いいの?」
「こんなことって?」
「ひとりでブラブラしてるだろ?」
少女は少し笑った。
「いつも、板を探してるみたいね。見つかった?」
「・・・まだ。」
「急いでさがしてるみたいだけど、どうしてそんなに急ぐの?」
少年は思いもかけない言葉に戸惑った。
雨は強さを増していく。
足元の水溜りが大きくなり、風も出てきた。
空を埋め尽くす雲は、まだ黒く横たわっている。
ふたりの間の時間が、しばらく止まっていた。
雨は一向に降り止まない。
「絵を、描かなくちゃいけないんだ。」
少女はこくりと頷いた。気づくと、風は止んでいる。
「これからは一人で生きていくんだ。仕事をして、お金を稼ぐ。
でも、僕には絵を描く事しかできない。」
「お金を稼いで、どうしたいの?」
「どうしたい、ってことじゃなくて、
今までは父さんが働いていてくれた、あのお金を、
今度は自分で稼ぐんだ。それだけのことだよ。」
「そのお金を稼いだら、どうするの?」
「・・・関係ないだろ。あっち行けよ。」
少女は悲しそうな顔をして立ち上がり、激しい雨の中を
とぼとぼと歩き去った。
少年はその後ろ姿をじっと見ていたが、呼び止めず、
少女から視線をそらした。
第3部 絵画
次の日、雨はピタリと止み、少年はいつものように探していた。
しかし今度は、キャンパス用の板ではなく、少女を探した。
声を張り上げ、彼は叫んだ。
今探さなければいけないのは、あの少女なのだと、
少年の中の何かが叫んでいる。
彼は、心のままに叫んだ。
「そんなに大声で呼ばなくても、聞こえるよ。」
少女は昨日の事など無かったかのように声をかけてきた。
「あ、あのさ・・・・昨日は、ごめん。」
「うん。・・・ねぇ、これ貰って来たから、絵、描いてくれない?」
「これ、どっから持ってきたの?」
「描いてくれるの?描いてくれないの?」
「分かった。描くよ。」
少年はポケットから黒のコンテを取り出した。
「じゃ、そこに座ってくれる?」
少女がくれた白いキャンパスを立て向きに置き、
安定するように近くに立てかけた。
被写体はガレキで埋まっている街と、
昨日雨で濡れてしまったモノを焚き火で乾かす人々、
そして、自分に話しかけてきた少女だ。
数時間経ち、絵が完成した。
少女は満足げに絵を見ると、
「じゃあ、もう帰るね。」と言って去ってしまった。
キャンパスを眺めると、裏には少年の父のサインが入っていた。
「・・・父さんが使うはずだった、キャンパスだ。」
第4部 見守られるもの
夜、少年は居酒屋に居た。
少年は大勢の大人に囲まれ、絶賛されていた。
同時に、久しぶりの楽しい時間と、温かい夕食に恵まれた。
つと、元美術館を経営していた館長が、少年の絵を覗いた。
「これは素晴らしい!新しい美術館が出来たら、是非、
うちのために絵を描いて下さらんか!」
思いがけず話が進み、少年は喜んだ。
(そうだ。あの子にお礼を言わなきゃ。あの子のおかげだ。)
そう思い、隙を見て席を離れようとした時、
近くにいた女性が声を上げた。
「これ、あなたのお母さんの小さい時にそっくりね!」
少年は驚いた。
深夜、15歳くらいの少年がガレキだらけの道を歩いている。
彼は探していた。
何の役にも立ちそうに無いものはそこら中に転がっているのに、
彼が望むものは見つからない。
探し始めて、何日経ったのだろう。
数日前、少年の家は火事に遭っていた。
風の強い日、一軒の火事が飛び火し、
近辺を焼き尽くしてしまった。
古い木造の家々は数日燃え盛った。
今はその焼け跡さえ片付けられることなく、
道端で人々は暮らしている。
(これからは一人で生きるんだ。でも僕にできることは・・・
絵を描くことだ。たくさん良い絵を描いて、売るんだ・・・)
そんな衝動に駆られ、彼はキャンパス用の板を探している。
「何を探しているの?」
不意に少年と同じ歳くらいで、
顔もどこか似ている少女が話しかけてきた。
「・・・・」
少年は反応しようとしない。
「話したくないの?それとも・・・話せないの?」
少女はいくらか話しかけてみるが、少年からの返事は無い。
「いつもひとりで居るみたいだね。うちに来ない?
辛うじて屋根があるだけで、何も無いけど、こんな時だし、
一緒にご飯食べない?」
「遠慮しとく。」
妙に大人びて少年は反応した。
初めての返事だったが、少女はそれを指摘しなかった。
辺りが紫がかり、
朝が来ようとしていたが、日の出にはまだ時間がある。
二人は次の日暮れに会おうと約束し、そのまま分かれた。
薄明かりの中、少年は眠りにつき、
少女は朝日の方へ去っていった。
第2部 雨
「雨、止まないね。」
少女は少年に話しかける。
”次の夕暮れ”に少年は約束どおりに来たのだ。
二人は雨宿りをしながら、会話をはじめた。
ただ、少女から話しかけ続けるということに、
変わりは無かった。
しかし、変化が起きた。
「君には、家族はいるの?」
少年が話しかけた。
「・・・火事で死んだわ。」
「ぼくと同じなんだね。こんなことしていて、いいの?」
「こんなことって?」
「ひとりでブラブラしてるだろ?」
少女は少し笑った。
「いつも、板を探してるみたいね。見つかった?」
「・・・まだ。」
「急いでさがしてるみたいだけど、どうしてそんなに急ぐの?」
少年は思いもかけない言葉に戸惑った。
雨は強さを増していく。
足元の水溜りが大きくなり、風も出てきた。
空を埋め尽くす雲は、まだ黒く横たわっている。
ふたりの間の時間が、しばらく止まっていた。
雨は一向に降り止まない。
「絵を、描かなくちゃいけないんだ。」
少女はこくりと頷いた。気づくと、風は止んでいる。
「これからは一人で生きていくんだ。仕事をして、お金を稼ぐ。
でも、僕には絵を描く事しかできない。」
「お金を稼いで、どうしたいの?」
「どうしたい、ってことじゃなくて、
今までは父さんが働いていてくれた、あのお金を、
今度は自分で稼ぐんだ。それだけのことだよ。」
「そのお金を稼いだら、どうするの?」
「・・・関係ないだろ。あっち行けよ。」
少女は悲しそうな顔をして立ち上がり、激しい雨の中を
とぼとぼと歩き去った。
少年はその後ろ姿をじっと見ていたが、呼び止めず、
少女から視線をそらした。
第3部 絵画
次の日、雨はピタリと止み、少年はいつものように探していた。
しかし今度は、キャンパス用の板ではなく、少女を探した。
声を張り上げ、彼は叫んだ。
今探さなければいけないのは、あの少女なのだと、
少年の中の何かが叫んでいる。
彼は、心のままに叫んだ。
「そんなに大声で呼ばなくても、聞こえるよ。」
少女は昨日の事など無かったかのように声をかけてきた。
「あ、あのさ・・・・昨日は、ごめん。」
「うん。・・・ねぇ、これ貰って来たから、絵、描いてくれない?」
「これ、どっから持ってきたの?」
「描いてくれるの?描いてくれないの?」
「分かった。描くよ。」
少年はポケットから黒のコンテを取り出した。
「じゃ、そこに座ってくれる?」
少女がくれた白いキャンパスを立て向きに置き、
安定するように近くに立てかけた。
被写体はガレキで埋まっている街と、
昨日雨で濡れてしまったモノを焚き火で乾かす人々、
そして、自分に話しかけてきた少女だ。
数時間経ち、絵が完成した。
少女は満足げに絵を見ると、
「じゃあ、もう帰るね。」と言って去ってしまった。
キャンパスを眺めると、裏には少年の父のサインが入っていた。
「・・・父さんが使うはずだった、キャンパスだ。」
第4部 見守られるもの
夜、少年は居酒屋に居た。
少年は大勢の大人に囲まれ、絶賛されていた。
同時に、久しぶりの楽しい時間と、温かい夕食に恵まれた。
つと、元美術館を経営していた館長が、少年の絵を覗いた。
「これは素晴らしい!新しい美術館が出来たら、是非、
うちのために絵を描いて下さらんか!」
思いがけず話が進み、少年は喜んだ。
(そうだ。あの子にお礼を言わなきゃ。あの子のおかげだ。)
そう思い、隙を見て席を離れようとした時、
近くにいた女性が声を上げた。
「これ、あなたのお母さんの小さい時にそっくりね!」
少年は驚いた。
物語「彼女が一人で生きた理由」
2004年8月17日 ミニ小説彼女は昨日フラれた。
「君の傲慢さにはもう、ついていけない」
それが理由だった。
彼女が一人で生きた理由
今流行りの心理学部1回生の彼女は、
昨日、彼にフラれたばかりだった。
「どうしてよ。あんなに尽くしたのに!」
「心理学なんて全然役に立たないし、面白くない!」
前期に使い込んだ教科書を、部屋の壁に投げつけた。
高校時代から付き合っていた彼にもっと好きなって欲しくて
心理学科のある大学を選び、
対人関係に関する講義を積極的に取った。
しかし
「最近、君が重いんだ。」
その言葉と共に
「君の傲慢さにはついていけない。別れよう。」
部屋で彼女は泣き出した。
初めて彼氏が出来て、せっかく長続きしたのに。
(何がいけないって言うの?)
机の写真を見て、彼女は心の中で尋ねた。
(重い。傲慢。そう、重いの。傲慢なの。あいつだって・・・)
夏休みに入って、友達にもあまり会わなくなった。
(携帯・・・メール来るわけない・・・けど・・・)
彼からのメールはもう来ない。
分かっているのに、新着メールを問い合わせてしまう。
お盆だからか、友達からも来ない。
(今年は彼と旅行に行くからって、
お盆休みは帰らないことにしちゃっしな。
あいつ、勝手にキャンセルしたし。)
ため息をついて立ち上がり、窓の外を眺めた。
(山が綺麗。時間余ってるし、登ってみようかな)
川沿いに歩いていると、
綺麗な白髪の夫婦が写真を取ってくれませんかと
彼女の元へ来た。
「お願いします。」
差し出された写真は今発売されているデジカメとは違い、重かった。
「じゃぁ取りますね〜。ハイチーズ。」
嬉しそうに夫婦は
「ありがとうございます。」と丁寧にお辞儀をした。
「あなた、お一人なんですか?」
続いて婦人のほうが声をかけてきた。
「ええ。ちょっと、歩いてみようかなと思い立ったので。」
「良ければ、一緒に歩きませんか?」
そんな成り行きで日暮れまで、3人は川沿いをのんびりと歩いた。
老夫婦と歩くなんて。と最初は思っていたが、
友達と話すよりも楽しかった。
会話も昔の恋の話、テレビで話題の人、楽しい場所など
様々で、自分達とあまり変わりが無かった。
「ところで、お二人にはお子さんはいらっしゃらないんですか?」
「いいえ。それが、いないのよ。」
「あ、ごめんなさい。」
「いえ、良いんです。それが、僕たちの意志ですから。」
「子供が・・・いらなかったんですか?」
「いいえ。私たち、結婚していないの。戸籍を入れてないのよ」
彼女は驚いたが、その後旦那さんが詳しく話してくれた。
昔、哲学者の夫婦がいました。
彼らは、戸籍をいれずに、同棲のままで互いを愛しました。
普通なら戸籍が無く、子供もいなければ、
簡単に別れられる。だから周囲の人はいつか別れるだろうと
誰もが噂しました。結局実験なのだからと。
しかし、彼らは互いに切磋琢磨し、互いを愛し続けました。
私と妻はその二人の関係に憧れ、今実践している最中なのです。
結局、人間は一人では生きられない。
しかし、頼りすぎたり心が狭くては、一人で生きる羽目になる。
逆に、やりすぎたり、押し付けるのも問題だね。
本当の意味で相手を慈しまなければ、
特に夫婦は、やっていけないんですよ。理想を高く持つならね。
夕暮れ、彼女は元の彼に電話をした。
「急に電話してゴメン。今、時間いい?・・・うん。ありがと。
私、あなたのためだと思って、いろいろしてきたけど、
それは、私の自己満足だった。
押し付けて、ゴメンナサイ。
私、自分ばっかり大事にして、あなたを大事に出来てなかった。
もし良ければ・・・もう一度やり直すって出来ないかしら?」
ふたりは5年後、めでたく結ばれた。
「君の傲慢さにはもう、ついていけない」
それが理由だった。
彼女が一人で生きた理由
今流行りの心理学部1回生の彼女は、
昨日、彼にフラれたばかりだった。
「どうしてよ。あんなに尽くしたのに!」
「心理学なんて全然役に立たないし、面白くない!」
前期に使い込んだ教科書を、部屋の壁に投げつけた。
高校時代から付き合っていた彼にもっと好きなって欲しくて
心理学科のある大学を選び、
対人関係に関する講義を積極的に取った。
しかし
「最近、君が重いんだ。」
その言葉と共に
「君の傲慢さにはついていけない。別れよう。」
部屋で彼女は泣き出した。
初めて彼氏が出来て、せっかく長続きしたのに。
(何がいけないって言うの?)
机の写真を見て、彼女は心の中で尋ねた。
(重い。傲慢。そう、重いの。傲慢なの。あいつだって・・・)
夏休みに入って、友達にもあまり会わなくなった。
(携帯・・・メール来るわけない・・・けど・・・)
彼からのメールはもう来ない。
分かっているのに、新着メールを問い合わせてしまう。
お盆だからか、友達からも来ない。
(今年は彼と旅行に行くからって、
お盆休みは帰らないことにしちゃっしな。
あいつ、勝手にキャンセルしたし。)
ため息をついて立ち上がり、窓の外を眺めた。
(山が綺麗。時間余ってるし、登ってみようかな)
川沿いに歩いていると、
綺麗な白髪の夫婦が写真を取ってくれませんかと
彼女の元へ来た。
「お願いします。」
差し出された写真は今発売されているデジカメとは違い、重かった。
「じゃぁ取りますね〜。ハイチーズ。」
嬉しそうに夫婦は
「ありがとうございます。」と丁寧にお辞儀をした。
「あなた、お一人なんですか?」
続いて婦人のほうが声をかけてきた。
「ええ。ちょっと、歩いてみようかなと思い立ったので。」
「良ければ、一緒に歩きませんか?」
そんな成り行きで日暮れまで、3人は川沿いをのんびりと歩いた。
老夫婦と歩くなんて。と最初は思っていたが、
友達と話すよりも楽しかった。
会話も昔の恋の話、テレビで話題の人、楽しい場所など
様々で、自分達とあまり変わりが無かった。
「ところで、お二人にはお子さんはいらっしゃらないんですか?」
「いいえ。それが、いないのよ。」
「あ、ごめんなさい。」
「いえ、良いんです。それが、僕たちの意志ですから。」
「子供が・・・いらなかったんですか?」
「いいえ。私たち、結婚していないの。戸籍を入れてないのよ」
彼女は驚いたが、その後旦那さんが詳しく話してくれた。
昔、哲学者の夫婦がいました。
彼らは、戸籍をいれずに、同棲のままで互いを愛しました。
普通なら戸籍が無く、子供もいなければ、
簡単に別れられる。だから周囲の人はいつか別れるだろうと
誰もが噂しました。結局実験なのだからと。
しかし、彼らは互いに切磋琢磨し、互いを愛し続けました。
私と妻はその二人の関係に憧れ、今実践している最中なのです。
結局、人間は一人では生きられない。
しかし、頼りすぎたり心が狭くては、一人で生きる羽目になる。
逆に、やりすぎたり、押し付けるのも問題だね。
本当の意味で相手を慈しまなければ、
特に夫婦は、やっていけないんですよ。理想を高く持つならね。
夕暮れ、彼女は元の彼に電話をした。
「急に電話してゴメン。今、時間いい?・・・うん。ありがと。
私、あなたのためだと思って、いろいろしてきたけど、
それは、私の自己満足だった。
押し付けて、ゴメンナサイ。
私、自分ばっかり大事にして、あなたを大事に出来てなかった。
もし良ければ・・・もう一度やり直すって出来ないかしら?」
ふたりは5年後、めでたく結ばれた。
彼女は過去に人を殺している。
警察には正当防衛だと言われ釈放されたが、
彼女の心には深い傷がついてしまった。
数ヶ月前、事件は起きた。
彼女は家族と国外へ旅行に出かけていたのだが、
その先で銃乱射の現場に出くわしてしまった。
彼女の家族も傷を負った。
彼女も必死で逃げた。
飛び交う銃弾の中、一人の男の背が近づいた。
それとほぼ同時に、犯人の一人と彼女は目が合ってしまった。
とっさに男の背に隠れた。
そして男に銃弾があたり、彼はその場で亡くなった。
彼女はあの時の事を今でも鮮明に覚えている。
何度も忘れようとしたが、
家族のいない家に一人で住んでいるからか、
どうしても寸刻みに思い出す。
「ごめんなさい」
「助けて」
その言葉ばかりがグルグルと回る。
今日は盾にしてしまった桐島という男性の墓を訪れた。
毎日家族と男性の墓へ、交互に訪れるのだ。
「今日は暑いので、ポカリスエットを持ってきました。」
いつものように綺麗に洗ったコップにポカリスエットを注ぐ。
「こんにちは。今日も暑いですね。」
男性のお墓参りに来ると、必ず道路付近に少年が立っている。
「あなたは、僕が守る」
おかしな返事をするなと思ったが、彼女は気にせず車に乗った。
すると、少年が近づきコンコンと、窓を叩く。
「今日はトンネルのほうへいっちゃダメだよ。崩れる。」
「へぇ〜教えてくれて有難う。じゃ今日は高速に乗らないで、下の路で帰るね。」
変な子だとはおもったが、少年が行ったとおりトンネルを通らず、下の路を選んだ。
別にどちらで帰っても、大して変わらないからだ。
田園を眺めつつ、彼女は車のラジオを聞いていた。
旅行先で起こった事件の犯人は、まだ数人逃げているそうだ。
実行犯は捕まったが、計画した首謀者が見つかっていない。
そんなニュースが流れてきたから、彼女はチャンネルを変えようとした。
「臨時ニュースです。
先ほど先日の大雨の影響で大きな地すべりが発生しました。
インターチェンジと付近の高速道路を巻き込み、負傷者が出ています。
その数は30名以上と見られており・・・・」
翌々日、彼女はいつもの時間に、彼の墓へやってきた。
あの少年はいないだろうかと探しながら。
「あなたは、僕が守る」
その声を聞き、彼女は振り向いた。
「この前は、ありがとう。」
「あれ、お兄ちゃんが教えてくれたんだ。」
少年は彼女がいつも訪れている墓を指差した。
「僕のお兄ちゃん。」
どうしていいか混乱している彼女に少年は淡々と話す。
「お兄ちゃん、怒ってないよ。ねぇ、あした、この病院に来て。病室にいるからね。」
少年は病院の名前と住所が書かれた紙飛行機を飛ばした。
そして、そのまま去った。
翌日、彼女はその病院を訪れた。
「あの、ここに桐島・・・っていう男の子、来ていませんか?」
「この子なら、今、手術中です。付き添いでしたら、4階へ上って下さい。」
4階では会った事のある女性がうつむいて座っていた。
「お久しぶりです」
「あなた・・・どうしてここに?」
「昨日、男の子に呼ばれて。手術の日だったんですね。彼には、お兄さんのお墓でよく会いました。だから、顔見知りなんです。」
「あなた、何言ってるの?あの子、ずっと寝たきりなのよ。昨日、やっと自分で起き上がって、手術が受けられるくらいにはなったから、今のうちにって。」
その日、少年は亡くなった。
「兄弟で私を守ってくれて有難う。」
葬儀で彼女は棺の少年に語りかけた。
「もう、気にしないで。お兄ちゃんはあなたを守るために近くへいったんだ。あなたは、僕たちの分も生きてね。」
少年の声が、聴こえたような気がした。
警察には正当防衛だと言われ釈放されたが、
彼女の心には深い傷がついてしまった。
数ヶ月前、事件は起きた。
彼女は家族と国外へ旅行に出かけていたのだが、
その先で銃乱射の現場に出くわしてしまった。
彼女の家族も傷を負った。
彼女も必死で逃げた。
飛び交う銃弾の中、一人の男の背が近づいた。
それとほぼ同時に、犯人の一人と彼女は目が合ってしまった。
とっさに男の背に隠れた。
そして男に銃弾があたり、彼はその場で亡くなった。
彼女はあの時の事を今でも鮮明に覚えている。
何度も忘れようとしたが、
家族のいない家に一人で住んでいるからか、
どうしても寸刻みに思い出す。
「ごめんなさい」
「助けて」
その言葉ばかりがグルグルと回る。
今日は盾にしてしまった桐島という男性の墓を訪れた。
毎日家族と男性の墓へ、交互に訪れるのだ。
「今日は暑いので、ポカリスエットを持ってきました。」
いつものように綺麗に洗ったコップにポカリスエットを注ぐ。
「こんにちは。今日も暑いですね。」
男性のお墓参りに来ると、必ず道路付近に少年が立っている。
「あなたは、僕が守る」
おかしな返事をするなと思ったが、彼女は気にせず車に乗った。
すると、少年が近づきコンコンと、窓を叩く。
「今日はトンネルのほうへいっちゃダメだよ。崩れる。」
「へぇ〜教えてくれて有難う。じゃ今日は高速に乗らないで、下の路で帰るね。」
変な子だとはおもったが、少年が行ったとおりトンネルを通らず、下の路を選んだ。
別にどちらで帰っても、大して変わらないからだ。
田園を眺めつつ、彼女は車のラジオを聞いていた。
旅行先で起こった事件の犯人は、まだ数人逃げているそうだ。
実行犯は捕まったが、計画した首謀者が見つかっていない。
そんなニュースが流れてきたから、彼女はチャンネルを変えようとした。
「臨時ニュースです。
先ほど先日の大雨の影響で大きな地すべりが発生しました。
インターチェンジと付近の高速道路を巻き込み、負傷者が出ています。
その数は30名以上と見られており・・・・」
翌々日、彼女はいつもの時間に、彼の墓へやってきた。
あの少年はいないだろうかと探しながら。
「あなたは、僕が守る」
その声を聞き、彼女は振り向いた。
「この前は、ありがとう。」
「あれ、お兄ちゃんが教えてくれたんだ。」
少年は彼女がいつも訪れている墓を指差した。
「僕のお兄ちゃん。」
どうしていいか混乱している彼女に少年は淡々と話す。
「お兄ちゃん、怒ってないよ。ねぇ、あした、この病院に来て。病室にいるからね。」
少年は病院の名前と住所が書かれた紙飛行機を飛ばした。
そして、そのまま去った。
翌日、彼女はその病院を訪れた。
「あの、ここに桐島・・・っていう男の子、来ていませんか?」
「この子なら、今、手術中です。付き添いでしたら、4階へ上って下さい。」
4階では会った事のある女性がうつむいて座っていた。
「お久しぶりです」
「あなた・・・どうしてここに?」
「昨日、男の子に呼ばれて。手術の日だったんですね。彼には、お兄さんのお墓でよく会いました。だから、顔見知りなんです。」
「あなた、何言ってるの?あの子、ずっと寝たきりなのよ。昨日、やっと自分で起き上がって、手術が受けられるくらいにはなったから、今のうちにって。」
その日、少年は亡くなった。
「兄弟で私を守ってくれて有難う。」
葬儀で彼女は棺の少年に語りかけた。
「もう、気にしないで。お兄ちゃんはあなたを守るために近くへいったんだ。あなたは、僕たちの分も生きてね。」
少年の声が、聴こえたような気がした。